さむさん
50代 保育園経営者
−さむさんが保育業界に参入したのは、11年前だとお伺いしました。どのような経緯だったか教えてください。
元は金融関係の会社の電算室で働いていて、その会社が新たに保育事業を始めることになりました。必要な機械の運搬や設置をして頻繁に出入りしているうちに、自分が園長として勤務することになり…もちろん自分は保育士でもないし保育は全くの未経験です。右も左もわからない自分の立場を理解した上で、保育士の方々が「現場のことは任せてください!」と頼もしく支えてくれました。社会人として足りないところを感じる場面が多くあったことも事実ですが、人に対してきめ細やかな気遣いができる人、真面目な人が多い印象を受けました。ただ真面目ゆえに適当にあしらえない、全てを真正面から向き合い疲弊してしまうことがあるのかもしれません。
−IT業界、金融業界から保育業界への転身は大きな変化だったと思います。「社会人として足りない面」をもう少しお伺いしてもいいでしょうか?
うーーん…今一番感じているのは「コスト意識」でしょうか。保育=福祉という認識が経営者側も職員側も働きすぎている感覚はあります。お金儲けだけの仕事でなくても、赤字では給与は支払えません。自分の給与の出どころや、お金の流れを感じることが少ない仕事ではありますが、考えてほしいなぁという思いはあります。
サービス残業や持ち帰り仕事でも言えることです。心身や自分の時間を削って自己犠牲に走る、それを偉い、当たり前、美徳だと思う職員がいたり、それを容認したり利用する経営者がいたり。決められた時間の中で与えられた仕事をする、それがプロの最低条件だと思います。仕事が10あったら、勤務時間内に10やり遂げなければならない。5つしか終えられなくて残り5つの仕事を持ち帰っているなら、それは仕事を与える側の采配の問題なのかもしれないし、仕事をする側の能力の問題なのかもしれません。
−保育士にとって「給与に見合った仕事」とは?は、経営者も職員も一緒に考えなければならないことですよね。一方で、これは保育士の強みだと思うところはありますか?
保育士は本人が思っている以上にマルチタスクなんじゃないか?と思うことが多々あります。器用な手先と豊かな創造力を見ると「これでさらにPCを使いこなしたら、ものすごい製作物を創り出せるのでは?」と思うこともありますし、本音と建前がある中でさまざまなご家庭、保護者に寄り添った対応ができる。そういった才能に気付いて、能力の活かし方を知って、「私はこれができます!」と誇りを持って伝えられたら、活躍の場が広がる気がしてなりません。
−誇りを持って伝えることが大事なのでしょうか?
思っているだけではダメです、やっぱり自分の言葉で伝えられないと。周りがなんと言おうと「自分の保育」を伝えられる、そういう保育士がもっともっと増えてほしい。そういう人が増えれば、保育園も法人も保育業界ももっと良くなるはずです。
採用面接で何歳児クラスを担当したことがあるとか、経験年数◯年とか、早番できますとか、そういったことに加えて自分の想いを伝えられる人は、魅力的です。「0歳児担当のときは、初めて育児するお母さんを意識してこんな関わりを心がけていた」とか「5歳児担当のときは、子どもたちとこんな経験をしたくてこんなことをしました」とか。自分自身が職員に対して「自分の保育」や「会社の方針」をしっかり伝えられているかというと、メッセージを伝えることが苦手で赤点学生です…恥。職員に対する発信は、自分としても会社としても今後工夫していきたい課題です。
−職員に特に伝えたいメッセージはどんなことでしょう?
「自分で考えて行動できる」ようになってほしいと思います。経営者側からの発信も必要ですが、それを自分で考えてみてどう動くかを決めてほしいなと。社長である自分がそう言うと業務命令、トップダウンになりやすく、さじ加減が非常に難しい。失敗しても良いんです。考えや想いがあっての結果だとしたら、会社として守ることだって一緒に考えることだってできる。それをどうやって伝えたら良いのか、悩んでいますよねぇ。
−最後に、今後の保育業界はどうなってほしいですか?
経営者も保育士も、自分の考えや想いを持っている人が正当に評価されて、それぞれに輝ける業界になってほしいです。正直なところ、お金儲けのためだけに保育園を経営する人もいます。一方で熱意があって、限られた資金力をもって今できる精一杯の力を、保育園経営に注いでいる仲間も大勢います。想いがあって真面目で一生懸命に保育に関わる人が、報われる業界になってほしい。これから保育園や保育士が余ってくると思いますが、想いがない、保育をただお金儲けだと思っている経営者は淘汰されたらいいのでは、と割と本気で思っています。
「胸を張って仕事する」「できるところに目を向けたい」というワードが何度も出てきたインタビューでした。IT業界で孤軍奮闘、野心に燃えていたときは全く正反対(!)で、同僚の「できないところばかり見て」攻撃的な言動もしていたのだとか。現在の温厚なさむさんからは想像できません。ターニングポイントになったのは保育園で、全くの未経験、できないところばかりの自分と一緒に働いてくれた、力になってくれた保育士の方々の優しさに触れたことだとおっしゃいます。今では「だめなところを攻撃しても意味がない」「できるところに目を向けよう」「餅は餅屋」だと心から思っているそう。保育士さんの偉大さを感じられる、またさむさんの熱い想いが伝わるインタビューでした。
さむさん、この度は貴重なお話をありがとうございました!
(2021.5 編集・聞き手:鏡味)