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いろいろ

行く先と帰宅時刻を伝える大切さ

更新日:2020.5.13|33(2週間) / 79(累計)

行く先と帰宅時刻を伝える大切さ
夜の十時を過ぎても帰宅しない娘を案じて母親が長男にその迎えを頼もうとする場合の描写―。

 「博之ちゃん。あのね、聖子がまだ帰ってこないんだけど、あなたどこへ行ったか知ってる?」/部屋は沈黙していた。そうだ!きっと博之は自殺しているんだ!雅子は恐怖に駆られて、部屋の扉をどんどん叩いた。/「博之ちゃん、開けて、お願いだから!博之ちゃん!」/部屋の戸は荒々しく開けられた。あまりぱっと、労りもなく、内側へ引かれたので、雅子は体の重心を失ってよろけた。/「聖子が帰って来ないのよ。どこへ行ったか知らない?」/「知るわけないでしょう。僕、聖子とここ一か月ぐらい話したことないもの」/「そう」/「僕、勉強してるんだから、邪魔しないでよ」/「そう、じゃあね」
曽野綾子著『虚構の家』(文藝春秋)
 
娘を案ずる母親の雅子の不安、それを癒す言葉もない博之の冷淡と非情。大学教授呉由一郎一家の、これが荒涼たる家庭風景である。このような家庭は例外かもしれないが、必ずしもそうとも断じ切れないうそ寒さも感じてしまう。ごく身近な、小さな「言葉と作法」の躾を忘れた家庭が辿るであろう当然の道行きを、この小説は我々に暗示している。
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